民数記28章

28:1 主はモーセに告げられた。

 主は、モーセに確かに語り、言うことには、

28:2 「イスラエルの子らに命じて彼らに言え。あなたがたは、わたしのための食物、わたしへのささげ物を、わたしへの食物のささげ物、芳ばしい香りとして、定められた時に確実にわたしに献げなければならない。

 イスラエルの子らに命じよ。そして、あなたは、彼らに言うことになる。わたしへの捧げ物、わたしの食物、火による捧げ物のわたしへの宥めの香り、それらを定められた時にわたしに捧げることを守りなさい。

 主に捧げる物について命じました。レビ記二十三章には、主の例祭に関して、捧げ物が指定されていますが、そこでは、その捧げ物によって、主の御業の工程が示されています。その御業に関連して捧げ物が取り上げられていて、比喩になっています。ここには、全ての捧げ物についての数と量の詳細が示されています。それで、その数と量は、レビ記の記述と整合しない部分もあります。

28:3 彼らに言え。これがあなたがたが主に献げる食物のささげ物である。傷のない一歳の雄の子羊を、毎日二匹、常供の全焼のささげ物として。

 そして、彼らに言うことになる。これがあなた方が主に持って来る火による捧げ物であり、傷のない一歳の雄の子羊、日毎に二匹、常供の全焼の捧げ物である。

 子羊は、人となられたイエス様の比喩です。傷のないすなわち完全であることは、一つの欠けもなく、父の御心を全うされたことを表しています。一歳は、独り子の御子の栄光を表しています。父の御心を成し遂げることで、人としての歩みの中に独り子の御子の栄光を現されました。日毎に二匹捧げられて、独り子の御子の栄光の証しを表しています。父は、それが現れることを望み、イエス様は、それを現されました。全焼の捧げ物であり、父のために全てが捧げられ受け入れられて、宥めとなりました。

・「捧げる」→近づく。使役語幹、対格に物で、持ち込む。持って来る。

・「食物の捧げ物」→火による捧げ物。

・「全焼の捧げ物」→上へ上る。燔祭。焼き尽くす捧げ物。

・「常供」→いつまでも継続する。

・「傷のない」→完全。人、供物の動物、神の業に適用される。

28:4 一方の子羊を朝献げ、もう一方の子羊を夕暮れに献げなければならない。

 子羊を一匹、朝に捧げ、第二の子羊を夕方に捧げる。

28:5 穀物のささげ物として、上質のオリーブ油四分の一ヒンを混ぜた小麦粉十分の一エパ。

 穀物の捧げ物として、小麦粉一エパの十分の一で、上質のオリーブ油一ヒンの四分の一が混ぜられた物で、

 小麦粉は、人となられたイエス様を表しています。十分の一は、十により、到達点に達した完全さを表し、一エパは、独り子の御子の栄光を表しています。

 油は、聖霊の比喩です。小麦粉に混ぜられたことは、聖霊に満たされて歩まれたことを表しています。その量、四は、あらゆる方面を表し、全てのことを聖霊によって行われたことを表しています。一ヒンは、独り子の御子の栄光を表しています。

・「上質のオリーブ油」→打たれた油。上質になる。

28:6 これはシナイ山で定められた、常供の全焼のささげ物であり、主への食物のささげ物、芳ばしい香りである。

 シナイの山で定められている常供の全焼の捧げ物で、主のための火による捧げ物で宥めの香りのためのものである。

 全焼の捧げ物の目的は、主への宥めのためです。

・「定められた」→行う。作る。達成する。カル受動分詞→定められている。定められた状態にあることを表す。

28:7 それに添える注ぎのささげ物は、子羊一匹につき四分の一ヒンとする。聖所で、主への注ぎのささげ物として強い酒を注ぎなさい。

 そして、酒は、子羊一匹ごとに一ヒンの四分の一で、聖なる場所で主への強い酒の捧げ物を注ぎ出させる。

 その量は、あらゆる方面を表す四で、油と同量です。葡萄酒は、自分を捨てることを表しています。強い酒は、糖度の高いブドウから造られます。良い実からできます。敬虔な歩みの中に自分を捨てるのです。捨てることは、肉を捨てるのです。それによって独り子の御子の栄光が現されました。それゆえに、自分を捨てただけ、聖霊によって満たされたのです。

28:8 もう一方の子羊は夕暮れに献げなければならない。朝の穀物のささげ物、および、それに添える注ぎのささげ物と同じものを、これに添えて献げなければならない。これは主への食物のささげ物、芳ばしい香りである。

 そして、あなたは、二番目の子羊を夕方に捧げ、朝の(穀物の)捧げ物と同じように、注ぎの捧げ物と同じように、主への宥めの香り、火による捧げ物をあなたは捧げる。

28:9 安息日には、傷のない一歳の雄の子羊二匹と、穀物のささげ物として油を混ぜた小麦粉十分の二エパと、それに添える注ぎのささげ物。

 安息日には、傷のない一歳の、二匹の子羊、それと、二つの十分の一の小麦粉の穀物の捧げ物で油の中に混ぜられたもの、それと、彼らの注ぎの捧げ物。

28:10 これは、安息日ごとの全焼のささげ物で、常供の全焼のささげ物とそれに添える注ぎのささげ物に加えられる。

 安息日、安息日(すなわち安息日ごと)に、全焼の捧げ物と注ぎの捧げ物に加えて、全焼の捧げ物。

・「安息日ごと」→「安息日+安息日」連語形。

28:11 あなたがたは月の最初の日に、次のものを献げなければならない。主への全焼のささげ物として、若い雄牛二頭、雄羊一匹、傷のない一歳の雄の子羊七匹。

 あなた方は、あなた方の月の頭に、全焼の捧げ物を主に捧げる。雄牛すなわち二頭の雄牛の子と、一匹の雄羊、傷のない一歳の雄の子羊七匹。

 全焼の捧げ物を月の頭に主に捧げます。雄牛は、「子」と記されています。雄牛は、しもべとして完全に服従することを表していますが、イエス様は、父の御心に完全に従われましたが、その際、子として父を愛して、その御心を喜びとして服従されたのです。雄牛の子が二頭で、父に従われることで、御子としての栄光を現されたことを表しています。

 一匹の雄羊は、人として従順に従われて歩まれた方を表していて、これは、人としての性質を持って歩まれて、その中に独り子の御子の栄光を現されたことを表しています。人としての性質を持つことは、肉との戦いがあったのです。肉に従わず、御霊によって歩まれて栄光を現しました。

 傷がないことは、完全であることを表しています。肉を持たれましたが、一切肉にはよりませんでした。また、御心から逸れることはありませんでした。そのようにして、独り子の御子の栄光を現されました。七匹は、満たす意味での完全さを表し、父の目に適って現したのです。

・「捧げる」→近づく。持ち込むために近づく。

・「傷のない」→完全。人、供物の動物、神の業に適用される。

28:12 雄牛一頭につき、穀物のささげ物として、油を混ぜた小麦粉十分の三エパ。雄羊一匹につき、穀物のささげ物として、油を混ぜた小麦粉十分の二エパ。

 雄牛一頭につき、穀物の捧げ物は、油の中に混ぜられた三つの十分の一の小麦粉と、雄羊一匹につき、穀物の捧げ物は、油の中に混ぜられた二つの十分の一の小麦粉。

 雄牛は、しもべとしてのイエス様を表しています。小麦粉は、聖霊に満たされて結んだ実を表しています。それを主に捧げたのです。十分の一は、第十部分を表していて、値の意味としては、十です。それは、到達点としての完全さを表しています。三つは、欠けのない完全さです。しもべとして、完全に服従し、到達すべき完全さに到達したことを表しています。それは、父が知るところです。

 雄羊は、人としてのイエス様を表しています。肉をお持ちになられました。その中で、聖霊により実を結ばれ、捧げられました。二は、証しを表しています。二は、証しを表し、人としてのイエス様の証しなのです。これは、人の目に見られたことを表しています。

28:13 子羊一匹につき、穀物のささげ物として、油を混ぜた小麦粉十分の一エパ。これらが主への全焼のささげ物、芳ばしい香り、食物のささげ物である。

 そして、子羊一匹ごとに、穀物の捧げ物として油の中に混ぜられた十分の一、十分の一の小麦粉、主への宥めの香りの全焼の捧げ物。

 「主への宥めの香りの全焼の捧げ物」は、子羊に関する記述の一部として記されています。そして、十分の一は、二語続けて記されていて、十分の一ずつを強調しています。

 子羊は、御子を表しています。十分の一は、一つです。一つは、独り子を表しています。それで、十分の一は、強調されていて、独り子の御子をその分量で表さなければならないからです。父にとって、あまたあるイエス様の栄光のうち、独り子の御子の栄光ほどご自分を宥めるものがないことを表しています。

28:14 それに添える注ぎのささげ物は、雄牛一頭につき二分の一ヒン、雄羊一匹につき三分の一ヒン、子羊一匹につき四分の一ヒンのぶどう酒でなければならない。これは一年を通して毎月の、新月祭の全焼のささげ物である。

 そして、注ぎの捧げ物は、雄牛一頭につき、半ヒン、雄羊一匹につき、三分の一ヒン、子羊一匹につき、四分の一ヒンの葡萄酒とする。これは、年の月毎の、月々の全焼の捧げ物に関してである。

28:15 主への罪のきよめのささげ物として、雄やぎ一匹。これは、常供の全焼のささげ物とそれに添える注ぎのささげ物に加えられる。

 そして、主への罪のための捧げ物として、山羊の中から雄山羊一匹、常供に捧げられる全焼の捧げ物の上に捧げられる。それと注ぎの捧げ物。

 罪のための捧げ物は、雄山羊で王としてのイエス様を表しています。

28:16 第一の月の十四日は、過越のいけにえを主に献げなければならない。

 第一の月で、月の四と十の日には、主への過越。

 この日付は、比喩としては、四であらゆる方面を表し、十は、到達する意味での完全さです。神の前に過越によって義とされたことを表しています。

28:17 この月の十五日は祭りである。七日間、種なしパンを食べなければならない。

 そして、月の五と十の日には、これは、祭りで、七つの日、種なしパンを自ら食べる。

 日付の比喩は、五で神の御心を行うことを表し、十は完全さを表します。種なしパンが表すように、人として純粋であったイエス様を自分のうちに受け入れ、この方によって歩むことで、御心を行います。それは、七日間によって満たす意味での完全さを表すように、人としての歩みの生涯の間、全うするのです。パンは自ら食べますが、進んで食べるのです。食べても良いし、食べなくても良いということではありません。それは、古いパン種が入らない清い歩みをすることを表しています。もはや、罪に対して死んだ者として、また、新しく生まれた者として生きるのです。

・「食べる」→ニファル、未完了形、三人称、男性、単数。ここでは、再帰の意味。自ら食べる。

28:18 その最初の日には、聖なる会合を開く。いかなる労働もしてはならない。

 最初の日には、聖なる集会で、どのような労働の仕事もしない。

 聖なることは、主のものであることを表しています。それで、どのような自分のための労働の仕事をしないのです。

28:19 あなたがたは、主への食物のささげ物、全焼のささげ物として、若い雄牛二頭、雄羊一匹、一歳の雄の子羊七匹を献げなければならない。それはあなたがたにとって傷のないものでなければならない。

 あなた方は、主への火による捧げ物、全焼の捧げ物を持って来る、牛の子の雄牛、二頭、雄羊一匹、一歳の子の子羊七匹、それらは、あなたがたのために傷のないものである。

 それは、火による捧げ物で、主の評価を受けることを表しています。また、全焼の捧げ物であり、主に全く受け入れられることを表しています。

 雄牛は、しもべの比喩です。しもべは、完全に服従することで証しが立ちます。これは、イエス様の比喩で、牛の子は、御子であることを表しています。その方は、しもべとして完全に服従されて父の御心を行い、神に服従することを明かしされたのです。雄羊は一匹で、人として、肉にはよらず聖霊によって歩まれたイエス様を表しています。一歳の子の子羊は、独り子の御子を表しています。七匹捧げられ、満たす意味での完全さをもって独り子の御子の栄光を現されたことを表しています。

28:20 それに添える穀物のささげ物として、油を混ぜた小麦粉を、雄牛一頭につき十分の三エパ、雄羊一匹につき十分の二エパとする。

 あなた方は、それらの穀物の捧げ物、油の中に混ぜられた小麦粉で、牛のために三つの十分の一、それと、雄羊のために二つの十分の一を捧げる。

 穀物の捧げ物として、雄牛には、十分の三、で、比喩としては、三は、欠けのない完全さ、十は、到達点としての完全さを表しています。油は、聖霊の比喩です。しもべとして従い、欠けのない完全さで従い、到達点に達したことを表しています。子羊については、十分の二です。二は、証しを表しています。人としていかにあるべきかを証しされたのです。御使いに見られ、人に見られたのです。栄光のうちに上げられました。

28:21 子羊七匹については、一匹につき十分の一エパとする。

 あなたは、子羊七匹については、子羊一匹ごとに、十分の一、十分の一ずつ捧げる。

 子羊一匹ごとに、十分の一です。これは、十分の一が一匹ごとの分量として強調されています。それが、独り子の御子の栄光を表すからです。

 なお、「エパ」は、記されていません。実際の量がどれほどであるかということよりも、分量が表す数値に意味があることが分かります。

28:22 あなたがたのために宥めを行うには、罪のきよめのささげ物として、雄やぎ一匹とする。

 そして、あなたがたの贖いを確かに行うために、罪の供物の雄山羊一匹。

・「あなた方のために宥めを行う」→あなた方の上を覆う。あなた方を贖う。強意語幹、不定詞。

28:23 常供の全焼のささげ物である朝の全焼のささげ物のほかに、これらのものを献げなければならない。

 常供の全焼の捧げ物に属する、朝の全焼の捧げ物の部分に属するものとは別に、これらを捧げる。

28:24 このように七日間、主への芳ばしい香り、食物のささげ物のパンを、毎日、献げなければならない。これは常供の全焼のささげ物とその注ぎのささげ物に加えて献げられなければならない。

 あなた方は、このように日ごとに七日間、常供の全焼の捧げ物の上に、主への宥めの香りの火による食物の捧げ物を捧げる。そして、注ぎの捧げ物が捧げられる。

28:25 七日目にあなたがたは聖なる会合を開かなければならない。いかなる労働もしてはならない。

 七日目に、聖なる集会がある。あなた方は、あなた方のためにどのような労働の仕事もしてはならない。

 聖なる日には、自分のための労働の仕事をしてはならないのです。

28:26 初穂の日、すなわち七週の祭りに、新しい穀物のささげ物を主に献げるときには、聖なる会合を開かなければならない。いかなる労働もしてはならない。

 初穂の日に、あなた方が主への新しい穀物の捧げ物を持ってくる時、あなた方の七週目に、聖なる集会がある。あなた方のためにどんな労働の仕事もしてはならない。

 初穂は、年のうちの特定の日でないので、七週目は、彼らの収穫の状況によります。それで、「あなた方の七週目」と記されています。

28:27 あなたがたは、主への芳ばしい香りとして、全焼のささげ物、すなわち、若い雄牛二頭、雄羊一匹、一歳の雄の子羊七匹を献げよ。

 そして、あなた方は、主への宥めの香りに日による捧げ物を捧げさせる。牛の子の雄牛二頭、雄羊一匹、子羊の一歳の子七匹。

28:28 さらに、それに添える穀物のささげ物として、油を混ぜた小麦粉を、雄牛一頭につき十分の三エパ、雄羊一匹につき十分の二エパ。

 また、穀物の捧げ物、油の中に混ぜられた小麦粉で、牛のために三つの十分の一、雄羊のために二つの十分の一。

28:29 七匹の子羊については、一匹につき十分の一エパ。

 子羊七匹については、子羊一匹ごとに、十分の一、十分の一ずつ。

28:30 あなたがたのために宥めを行うには、雄やぎ一匹とする。

 あなた方を確かに贖うために山羊の中から雄山羊一匹。

28:31 常供の全焼のささげ物とそれに添える穀物のささげ物とは別に、これらのものを、それらに添える注ぎのささげ物とともに献げなければならない。それらは傷のないものでなければならない。

 常供の全焼の捧げ物とその穀物の捧げ物に属する部分とは別に、傷のないものを捧げる。それらは、あなた方のためである。そして、注ぎの捧げ物を。