創世記46章

46:1 イスラエルは、彼に属するものすべてと一緒に旅立った。そしてベエル・シェバに来たとき、父イサクの神にいけにえを献げた。

 ベエルシェバは、かつてイサクが暮らしたところです。彼は、そこで七つの井戸を見つけました。地名の由来は、そのことによります。彼は、争いを避け、主の手に委ねました。主はイサクに応えたのです。ヤコブは、そこでいけにえを捧げました。イサクの神にささげたとあり、イサクを導いた神に栄光を帰しました。自分も同じように神に全てを委ねて従うことを表明しています。

46:2 神は、夜の幻の中でイスラエルに「ヤコブよ、ヤコブよ」と語りかけられた。彼は答えた。「はい、ここにおります。」

 神は、イスラエルに呼びかけました。「神の戦い」を意味する名です。事をなすのは神であることがその名に表されています。呼び掛けの言葉は、「ヤコブ」です。それは、肉による弱さを持つことを表しています。

46:3 すると神は仰せられた。「わたしは神、あなたの父の神である。エジプトに下ることを恐れるな。わたしはそこで、あなたを大いなる国民とする。

 主は、ご自分が神であると言われました。この「神」は、単数で「エル」です。これは、力ある者を意味する言葉です。「主」という名は、聖書に言葉としては記されていますが、モーセにその名を名乗るまでは、信仰者に知らされてはいません。ここで、ご自分が事をなすのに、力ある方であることを示しました。

 そして、父の神であると言われました。父の信仰に応えて事をなした方であることを表しています。ヤコブがイサクの神にいけにえを捧げたことに答えたのです。「神」は、複数形で、イサクに応えたのは、三位一体の神です。

 このように名乗られてからヤコブに告げたことは、エジプトに下ることを恐れるなということです。アブラハムには、そこで四百年の間苦しめられると言われました。そのような計画を知る者にとって恐れを覚えるものですが、恐れるなと言われました。その理由を示し、エジプトに下ることで、イスラエルは、大いなる国民になるからです。ヤコブには、神の告げられたことを信じることと、それを実現する力を信じることが求められたのです。

・「父の神」→父:単数。「わたしは神」の神は、複数「エロヒム」

46:4 このわたしが、あなたとともにエジプトに下り、また、このわたしが必ずあなたを再び連れ上る。そしてヨセフが、その手であなたの目を閉じてくれるだろう。」

 さらに幸いな約束が与えられ、「このわたしが」ヤコブとともにエジプトに下り、また、「このわたしが」必ずヤコブを連れ上ると言われました。「わたし」と、ヘブル語で通常は語られないことばが語られることで、「わたしが~する」ことが強調されています。 そして、ヨセフが彼の目を閉じてくれると示し、彼が平穏のうちに死を迎えることも示されました。

46:5 ヤコブはベエル・シェバを出発した。イスラエルの息子たちは、ヤコブを乗せるためにファラオが送った車に、父ヤコブと自分の子どもたちや妻たちを乗せた。

 息子たちは、ヤコブと彼らの子と妻を車に乗せました。ファラオがヤコブを乗せるために贈ったものです。その車は、旅路を支える神の働きを表しています。

46:6 そして、家畜とカナンの地で得た財産を携えて、ヤコブとそのすべての子孫は、一緒にエジプトにやって来た。

46:7 彼は、自分の息子と孫、娘と孫娘、すなわちすべての子孫を、一緒にエジプトに連れて来た。

 彼は、家畜と財産を携え、そのすべての子孫とともにエジプトに連れて来ました。

▪️レアの子たち 三十三人

◻︎ルベン

46:8 エジプトに来たイスラエルの子ら、ヤコブとその子らの名は次のとおりである。ヤコブの長子ルベン。

46:9 ルベンの子はハノク、パル、ヘツロン、カルミ。

◻︎シメオン

46:10 シメオンの子はエムエル、ヤミン、オハデ、ヤキン、ツォハル、カナンの女による子シャウル。

◻︎レビ

46:11 レビの子はゲルション、ケハテ、メラリ。

◻︎ユダ

46:12 ユダの子はエル、オナン、シェラ、ペレツ、ゼラフ。エルとオナンはカナンの地で死んだ。ペレツの子はヘツロンとハムルであった。

◻︎イッサカル

46:13 イッサカルの子はトラ、プワ、ヨブ、シムロン。

◻︎︎︎ゼブルン

46:14 ゼブルンの子はセレデ、エロン、ヤフレエル。

46:15 これらは、レアがパダン・アラムでヤコブに産んだ子で、それに娘ディナがいて、彼の息子や娘たちは全部で三十三人。

▪️ジルパの子 元レアの奴隷 十六人

◻︎ガド

46:16 ガドの子はツィフヨン、ハギ、シュニ、エツボン、エリ、アロディ、アルエリ。

◻︎アシェル

46:17 アシェルの子はイムナ、イシュワ、イシュウィ、ベリアと、彼らの妹セラフ。ベリアの子はヘベル、マルキエル。

46:18 これらは、ラバンが娘レアに与えたジルパの子である。彼女はヤコブに、これら十六人を産んだ。

▪️ラケルの子 十四人

46:19 ヤコブの妻ラケルの子はヨセフとベニヤミン。

◻︎ヨセフ

46:20 ヨセフにはエジプトの地で子が生まれた。それは、オンの祭司ポティ・フェラの娘アセナテが彼に産んだ、マナセとエフライムである。

◻︎ベニヤミン

46:21 ベニヤミンの子はベラ、ベケル、アシュベル、ゲラ、ナアマン、エヒ、ロシュ、ムピム、フピム、アルデ。

46:22 これらはヤコブに生まれたラケルの子で、全部で十四人。

▪️ビルハの子 七人 元ラケルの奴隷

◻︎ダン

46:23 ダンの子はフシム。

◻︎ナフタリ

46:24 ナフタリの子はヤフツェエル、グニ、エツェル、シレム。

46:25 これらは、ラバンが娘ラケルに与えたビルハの子である。彼女がヤコブに産んだのは全部で七人であった。

46:26 ヤコブに属する者、彼の腰から生まれ出た子でエジプトにやって来た者は、ヤコブの息子たちの妻を除いて、全部で六十六人

46:27 エジプトで生まれたヨセフの子は二人である。エジプトに来たヤコブの家族は、全部で七十人であった。

 エジプトに来たヤコブの家族は、七十人です。息子の妻たちは除かれています。それで、これが満たす意味での完全さを表していて、神の計画のうちに実現されたことを表しています。

46:28 さて、ヤコブはユダを先にヨセフのところに遣わして、ゴシェンへの道を教えてもらった。そうして彼らは、ゴシェンの地にやって来た。

 彼らは、ゴシェンにやって来ました。そこへの道は、あらかじめヤコブがヨセフに遣わしたユダの案内によることでした。ヤコブは、ユダを信頼していました。ユダが心から父を愛し、家族を愛するのを見たからです。

 私たちが父を愛し、兄弟を愛するならば、父から深い信頼をいただくことができます。

46:29 ヨセフは車を整え、父イスラエルを迎えにゴシェンへ上った。そして父に会うなり、父の首に抱きつき、首にすがって泣き続けた。

46:30 イスラエルはヨセフに言った。「もう今、私は死んでもよい。おまえがまだ生きていて、そのおまえの顔を見たのだから。」

 ヨセフは、父に会うなり、抱きついて泣きました。それは、父を悲しませたことがここでようやく終わるからです。愛する者を失った悲しみを喜びに変えることができます。

 主イエス様にとって、十字架の御業を成し遂げ、父の前に出ることが父の喜びであり、満足なのです。主は、ご自分の前に置かれ喜びのゆえに、辱めをものともしませんでした。

ヘブル

12:2 信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないでいなさい。この方は、ご自分の前に置かれた喜びのために、辱めをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されたのです。

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 イスラエルは、今、もう死んでもよいと言いました。ヨセフに会うことができたからです。満足したのです。

46:31 ヨセフは兄弟たちや父の家の者たちに言った。「私はファラオのところに知らせに上って行き、申しましょう。『カナンの地にいた、私の兄弟たちと父の家の者たちが、私のところにやって来ました。

46:32 この人たちは羊飼いです。家畜を飼っていたのです。この人たちは、自分たちの羊と牛と、所有するものすべてを連れて来ました。』

46:33 もしファラオがあなたがたを呼び寄せて、『おまえたちの職業は何か』と聞いたら、

46:34 こう答えてください。『しもべどもは若いときから今まで、家畜を飼う者でございます。私たちも、また私たちの先祖も』と。そうすれば、あなたがたはゴシェンの地に住めるでしょう。羊を飼う者はみな、エジプト人に忌み嫌われているからです。」

 ヨセフは、ヤコブたちがゴシェンに住めるように配慮しました。そこは、ナイルの河口に近いところで、水が豊かであり、緑も豊かです。そこで羊を飼うことができます。

 羊を飼うことは、牧会の比喩です。それは、エジプトが現すこの世のものとは相容れないのです。彼らは、教会の仲間に加わることはできません。ゴシェンは、最良の地です。