ヨハネ第三
1:1 長老から、愛するガイオへ。私はあなたをほんとうに愛しています。
長老としてガイオに記しました。彼は、愛する者です。彼を愛しているのは、真理のうちに愛しているのです。真理のうちを歩んでいる者なので、愛しているのです。なお、これは、愛の程度についていっているのではなく、キリストのうちにとどまる者としての愛によって愛していることを言っています。それは、聖霊による愛です。
・「本当に」→真理のうちに。
1:2 愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。
愛する者よ、呼びかけ、彼の恵みを祈りました。ガイオは、たましいが豊かな恵みを受けていました。彼は、神の国とその義とを第一に求めていたのです。そのような者にこの世での必要が満たされることは、主が語られたことです。全ての点で主の恵みを受けるように祈りました。また、体の健康についても祈りました。健康であることで、主の御心を行い、この地における働きを通して、豊かな実を結ぶことができます。私たちは、自らの健康についても、軽く見てはいけません。生活習慣病などの予防などは、難しいことではありません。健康であって、主の業を豊かにすることができるのであれば、健康であるべきです。
・「幸を得て」→繁栄する。成功する。すなわち、主の恵みを豊かに受けること。
・「健康である」→健全な、均衡が保たれた状態にある。正常に機能する。
1:3 兄弟たちがやって来ては、あなたが真理に歩んでいるその真実を証言してくれるので、私は非常に喜んでいます。
真理は、神の言葉です。神の御心のうちを歩むことは、最も尊いことです。ヨハネは、そのために労していました。ですから、真理のうちを歩んでいることを知ったとき、喜んだのです。
真理のうちを歩んでいることについても、「真理」と記しています。真理は、教えであり、教えの実践なのです。イエス様に関して、「恵みとまことに満ちていた」ことは、真理の教えを持っておられ、その中を歩んでいたことを指しています。
ヨハネ
1:14 ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。
--
・「真実」→真理と同じ言葉。
1:4 私の子どもたちが真理に歩んでいることを聞くことほど、私にとって大きな喜びはありません。
ヨハネは、それが最も尊いことを知っていたので、これにまさる喜びはないと言い表したのです。
1:5 愛する者よ。あなたが、旅をしているあの兄弟たちのために行なっているいろいろなことは、真実な行ないです。
ガイオは、旅をしている兄弟のために良いことをしていました。それは、御言葉の教えに適った忠実な行いです。あの良い行いと記しましたが、次節には、愛による行いとして記されています。また、神にふさわしい仕方で柄を次の旅に送り出しました。
・「真実な」→忠実な。神の言葉に対して忠実。
1:6 彼らは教会の集まりであなたの愛についてあかししました。あなたが神にふさわしいしかたで彼らを次の旅に送り出してくれるなら、それはりっぱなことです。
その行いは、立派な行いです。良い、称賛に値する行いです。
・「立派な」→良く、正しく、称賛に値する。
1:7 彼らは御名のために出て行きました。異邦人からは何も受けていません。
1:8 ですから、私たちはこのような人々をもてなすべきです。そうすれば、私たちは真理のために彼らの同労者となれるのです。
彼らは、異邦人すなわち未信者から何も受けていません。彼らを支える必要があります。彼らは、彼らを支える物を必要としているからです。それをするならば、真理への同労者になれます。互いが真理を目的とした同労者になれるのです。
・「もてなす」→物理的に持ち上げる、精神的に推測する、口頭で会話の糸口をつかむ、そして実際的に他者の必要を引き受けること。あらゆる状況において焦点は能動的な応答にある。
・「真理のために」→真理:与格。
1:9 私は教会に対して少しばかり書き送ったのですが、彼らの中でかしらになりたがっているデオテレペスが、私たちの言うことを聞き入れません。
デオテレペスは、ヨハネたちの言うことを聞き入れませんでした。彼は、他の者に優っていることを愛する人です。彼が書き送ったことは、それを戒める内容です。しかし、聞きませんでした。
・「かしらになりたがっている」→優越することを愛する。
・「聞き入れません」→「歓迎する、受け入れる」の強化形である。それをしない。
1:10 それで、私が行ったら、彼のしている行為を取り上げるつもりです。彼は意地悪いことばで私たちをののしり、それでもあきたらずに、自分が兄弟たちを受け入れないばかりか、受け入れたいと思う人々の邪魔をし、教会から追い出しているのです。
ヨハネは、彼のところへ行ったならば、彼の行為を取り上げるつもりであると表明しまた。彼は、ヨハネの言葉を聞くどころか、悪い言葉をヨハネに浴びせました。彼の言葉は、沸騰するようにたくさんの言葉を浴びせたのです。そればかりか、兄弟を受け入れないのです。また、受け入れたいとすることを禁じ、教会から追い出しています。
・「意地悪な」→悪い。
・「ののしり」→「泡立つ、沸騰する」から派生。「流暢だが中身のない」言葉であふれる。
・「受け入れる」→「歓迎する、受け入れる」の強化形である。
・「受け入れたいと思う人々の邪魔をし」→「意図的な意思、固まった決意、あるいは熟慮された願望」を持つことを禁じ。
・「邪魔をし」→誰かまたは何かを意図的に止めさせ、抑制し、あるいは禁止する行為。
1:11 愛する者よ。悪を見ならわないで、善を見ならいなさい。善を行なう者は神から出た者であり、悪を行なう者は神を見たことのない者です。
そのような行為は、悪です。それを見倣わないように、良いことを見倣うように命じました。善を行うことは、聖霊の業です。それで、神から出た者なのです。聖霊が悪を行うことはありません。悪を行っている者は、その悪について改めることもない人です。その人は、神を見たことがない人です。
1:12 デメテリオはみなの人からも、また真理そのものからも証言されています。私たちも証言します。私たちの証言が真実であることは、あなたも知っているところです。
デメテリオがしていることは、皆の人から証言されています。また、神の言葉に照らしても、それが真理に適ったものであることが証言されるのです。そして、ヨハネたちも証言しています。これは、見倣うべき善です。
1:13 あなたに書き送りたいことがたくさんありましたが、筆と墨でしたくはありません。
1:14 間もなくあなたに会いたいと思います。そして顔を合わせて話し合いましょう。
ヨハネは、顔を合わせて話し合うことで、彼が真理に歩んでいるのを知り、喜ぶことができます。筆と墨では、一方的に情報を伝えるだけて、応答を見ることができません。
1:15 平安があなたにありますように。友人たちが、あなたによろしくと言っています。そちらの友人たちひとりひとりによろしく言ってください。
完全であるように祈りました。それは、ガイオにとって最も祝福された道です。また、ヨハネにとって、大きな喜びとなることです。
「友人たち」は、個人的に深く愛されている者のことで、神によって愛されている信者のことです。もちろんヨハネに愛されている一人ひとりですが、ここでは、真理のうちに歩むことで神に愛されている一人ひとりのことを言っています。それは、悪を行っている者と対比されています。
神に愛されている一人ひとりがあなたに挨拶しています。ヨハネと同じように、ガイオが完全な者になることを願っていました。この挨拶は、そのような願いに基づく声掛けです。そして、そちらの神に愛されている一人ひとりに、(ヨハネの:単数)名によって、挨拶するように命じました。他の信者の霊的祝福を願っていました。
・「平安」→神の御心を行ってもたらされる完全さ。
・「友人」→友人。個人的かつ親密な方法で深く愛され(大切にされ)ている者。信頼できる相談相手であり、個人的な愛情の緊密な絆の中で大切にされている者。経験に基づく愛を表す。対比してアガパオ(agapáō)は価値に基づく(意思決定に基づく)愛に焦点を当てている。
・「よろしくと言う」→挨拶、歓迎、抱擁といった言葉や身体による行為を表す。この語は、単なる社交儀礼をはるかに超え、御心を行うことでもたらされる完全さへの意図的な奉仕、御心行うことにおいて一つとなること、キリストのうちに命を共有することをもたらす。